出版(8月)-2

退職する2カ月ほど前だったか、コンテストで落選した出版社から電話がありました。

「選には漏れたけど、内容は面白いので、出版の道を探りませんか」

話を聞いて少し舞い上がりました。

人に褒められることはこんなにもうれしい事なんだ。

人間は承認欲求からは逃れられないんだと思います。

退職する3月には、出版社まで出かけて担当者から話を聞きます。

とても感じが良く、私の書いた原稿を読み込んでいる印象でした。

原稿の中で、言いたい事もポイント良くつかんでいて適格にほめてくれます。

コンテストの選には漏れたけれど、このままにしておくのはとてももったいない。

心の中で、これはセールスだと、言い聞かせながらも、出版社の知的で物腰の柔らかい若者から、自分の作品を評価される心地よさに流されそうになりながら、話を聞いていました。

最後に、出版については、費用がかかる事を説明されました。

2百万を超えていました。

退職を前にして、これは、ありえません。

しかも、65歳の嘱託としての任期満了ですから、退職金がでるわけでもありません。

これは断るしかありません。

頭の中で膨らんでいた夢は、目の前でしぼんでしまいました。

先方も、多分、すぐに了解できる話ではないと思っていたのでしょう。

穏やかに、対応してくれ、こちらも少しもいやな気持にならずに、出版社を後に家路につきました。

後日、正式な見積もりと、作品に対する講評がA42枚に渡って書かれたものが送られてきました。

さすが出版社、作品は正確に理解されていました。

足りない点もきちんと指摘していただいて、かえって満足した気分でしたが、

即、お断りしました。

これから、節約して生活していこうと妻にいった先からこの浪費はありえません。

例の出版に詳しい知人に話をしたところ、やはりといった感じで話をしてくれました。

有名人でも無い、大学の教授などという肩書もなく、出版しても売れはしない。

出版社もそんなリスクを負わない。

出版するなら、著者がリスクを負うという事なんだと理解しました。

この出版社は、こういった自費出版のようなビジネスモデルで近年大きくなったようです。

出版業界全体が苦しむ中で、読者ではなく著者から利益を得るという事も分かるような気がします。

ただ自費出版と違うのは、一般の書店に流通するという事、プロの編集を通すところでしょうか。

数多くの、名も知れぬ一般の人が書いた作品を、流通させ、中には、ヒットする作品が出てくる。そんなところだそうです。

 

数か月後、別の担当者から電話が入りました。

文庫本にしませんか。という話です。

最初の1000部から、200部に減りましたが、100万を切りました。

コストとリスクのぎりぎりのせめぎあいです。

自費出版を考えればこの金額は安いのかもしれません。

それでも、私の懐具合からはやはり手は出ません。

再度、お断りを入れました。