調査・研究(11月)-5「特別編」

 今回は、今まで述べてきた1年以上にわたる調査・研究の成果まではいかないが

中間のまとめを掲載したい。

 今後はいったん整理したこの構成の中で足りないところを広げ、また深めていく

指針にしたい。

        日本経済の停滞とIT化の遅れについて

                                  2021.1.11

1.現状と本稿の目的

  現在のコロナ禍においてIT化の遅れはようやく共有認識となりつつあるが、ここ

 20~30年にわたる日本経済の停滞についてはすでに周知の事実となっている。

  また、この両者の関連についても多くの識者が指摘するところである。

  本稿の目的は、この両者の関係を具体的に示し、またIT化の遅れについてその

 全体的な構造を提示し、さらにその隘路から抜け出すにはどうすれば良いか、試案を

 考察する事にある。

  もちろん日本経済の停滞は、IT化に乗り遅れただけが原因ではない。

  IT化と並び、現在に至る日本経済を取り巻く環境を、全体として意識し、

 決してITだけに結論を結び付けず全体をバランス良くみていく事も心がけたいと

 思う。

2.分析

  この30年の停滞は、かって日本をリードした半導体産業等の復活を求めるのでは

 なく、それらに代わる新たな産業が現れ、主役が交代して、産業構造が刷新され

 なかった事にあると見立てている。

  中国、韓国、ASEANなどかって日本の後塵を拝した国が製造業において日本に追い

 つき追い越そうが、アメリカのように土俵を変えてなぜ勝負できなかったのか。

  その事を追いかけたいと考えている。

(1)IT化と経済停滞の関連

   ものづくりとしての製造業にこだわりIT革命の波に乗り切れず、産業構造の

  転換・高度化を実現できなかったことにつきる。

   この事を数字として表しているのが、日本全体の生産性の停滞である。

   ここでいうITとは産業全体のどの部分を言うのか。

   ここではソフトウェア産業を他の製造業とは分けて取り上げる事とする。

   コンピュータそのものの製造もハードウェアとソフトウェアが組み合わせでは

  あるが、製造業として考え考察の対象からは外す。

   またIT企業(ソフトウェア産業)を考える前に、一般企業におけるIT利用

  を相互に関連する大きな要素として考察する。

(2)一般企業におけるIT利用の遅れ

   かってソウフトウェアは、各企業の情報システム部門がそれぞれ技術者を

  抱え内製していた。

   ここでの問題の一つは、各企業が業務システムをその企業固有の業務プロセスを

  個別にソフトウェアとしてシステム化した事にある。

   アメリカでは、大型コンピュータのシステムなどもパッケージ化が進む中、日本

  では企業独自の文化や業務の仕組みにこだわりコンピュータシステムについても、

  企業ごとに大きな違いの無い給与計算や会計処理などもそれぞれ別個に作成

  された。

   またコンピュータ化に伴って行われるべき業務プロセスの改善などが行われず、

  現行の業務プロセスをなぞったシステム化がなされる事も多かった。

   本来、あるべき生産性の向上の多くは完全に達成されなかった上に、各社で同様

  のシステム化の作業が行われ日本全体では多くのエンジニアの作業が重複して浪費

  されたとも言える。

   日本の独自の企業文化へのこだわりと、同じITという職種での企業間での移動

  が少なかった事と関連があると思われる。

   さらに大きな問題として焦点を当てるのは、一般企業における情報システム部門

  の弱体化である。 

   バブル崩壊後、経費削減が実施される中、間接部門として、IT投資のカット

  専門技術者の採用などが縮小され、固有システムの継承維持が社内でできなく

  なった情報システム部門は、システム開発・運用を外部にアウトソースする事が

  多くなった。

   ソフトウェアは一般に、完成した後も制度変更や、業務プロセスの変化を反映

  し延々とメンテンナンスを繰り返さなければならない。

   開発者以外が、メンテナンスを実施する場合、ソフトウェアの修正には多くの

  工数がかかる。

   ソフトウェアは、一般の製造物と異なり、標準化が難しく、言語をベースと

  した著作物に近い側面を持つ。

   ソウトウェア開発・運用を外部に出した場合、運用先を変更する事は難しく

  委託先のIT企業に依存度は高くなり容易に変更する事ができない。

   委託先の企業だけでなく、担当者も固定される事が多い。

   受託先にしても、担当者を固定する事はコスト要因になり、経費は増大するが

  委託元の一般企業は、この経費増を拒否しづらくなってゆく。

   一般企業では、こうして内部のIT技術力は細ってゆき、弱体化して、社内の

  業務効率化を先導すると言うよりパソコンの購入部門のようになっていく事も

  多かったと思われる。

   内製していた時代でさえ、業務部門と情報システム部門との力関係で、業務

  プロセスの改善まではなかなか手が付けられなかったが、開発主体が外部に移り

  内部の技術力が細った中で、業務プロセス改善まで含んだ本格的なシステム開発

  さらに遠のいていった。

   委託先のソフトウェア企業への社内ニーズの反映も、開発結果のチェックも十分

  にできなくなり結果として、成果物の経費が増大する割に、会社の経営に大きく

  寄与する質の高いシステム構築の比率は減っていったと思われる。

   むしろ、予算的にも人員面からも、新規のシステム開発には手が届かず、既存の

  システムの維持が精いっぱいになってゆく。

   経営者から見れば、情報システム部門は、間接部門でありながら、多大の経費が

  かかる割に、目に見える効果は実現できない部門と移り、予算や人員はさらに

  減ってゆくと言う悪循環に陥っていった。

   最近、話題になった経産省のレポートにある「2025年の崖」と言う言葉だが

  完成後数十年たったシステムに日本の多くの企業が依存し、そのシステムが古い

  故にメンテナンスできる人材が社内どころか世の中から消えていくという恐ろしい

  予測がなされている。 

(3)IT開発体制と産業としてのIT(ソフトウェア・サービス)

   一般企業がソフトウェアの内製から、外部委託に切り替えていくという変化は、

  受託するソフトウェア企業にとって永続的な顧客を得るという意味では有利な話

  ではあった。

   しかし、作成したソフトウェアは一つの顧客でしか使われず、そのソフトウェア

  のメンテナンスのために担当者を固定しておくという開発効率が悪く利益が出ない

  仕組みに依存する事にもなってゆく。

   経費を削るため業務を階層化して、仕事の一部を徐々に、さらに単価の安い

  下請け業者に下ろすようになり、こうして階層は2重化、3重化と建築業界のように

  多重下請け構造ができあがっていった。

   ユーザーニーズの反映からはさらに遠い形になり、システム開発は、細かく分解

  され、全体は見えにくくなってゆく。

   階層が深くなるほど、技術者の賃金は下がり待遇は悪化する。

   メンテナンス中心の仕事は単調で、クリエイティブな仕事は多くない。

   ソフトウェア産業全体が3K職場と呼ばれ優秀な技術者の採用が難しくなって

  ゆく。

   個別企業のシステム受託から脱却しようにも、利用者側にパッケージ選択の

  ニーズが薄く市場が広がらず、多くのIT企業がパッケージ開発に参入する事には

  ならなかった。

   また、かって製造業が成長する中で重要な役割を担った輸出であるが、先に述べ

  たように言語をベースとするソフトウェアは、海外への進出はモノづくりより

  難しく成功例は少ない。

   こうして個別企業に繋がる形での受託業務を中心に固定化されたソフトウェア

  開発企業と階層下の企業群があり、これらの障壁を前にして新たなベンチャー企業

  の参入や市場の開発、イノベーティブな産業の広がりは生じなかった。

 (4)ITの人材供給

   ITを利用する一般企業と、ITシステム(ソフトウェア)を開発する企業

  双方にとって、IT人材の供給は大きな課題であり、この3つの要素が関連し

  あって現在の日本のITを形作っている。

   IT人材を供給する仕組みとして十分な体制は整っていたのか。

   そもそもIT人材とはどのようなスキルを持った人たちなのか。

   ソフトウェアはその製造工程をウォータフォールと呼ばれる方式で構成される

  のが長らく主流の考え方で、設計からシステム構築までの工程を流れ作業のように

  組み立てこれに沿って必要な人員をあてがうというものでした。

   設計側を、上流工程と呼び、システム全体の設計や、細分化された個別の

  プログラムの設計などを、SE(システムエンジニア)と呼ぶのは一般にも周知

  されています。

   下流工程でSEの設計にもとづきプログラムを作成するのがプログラマーです。

   多重下請け構造の中では、上流工程を元請け、下流工程を下請けが担います。

   これらの人材の供給する主体となっているのは、日本では専門学校です。

   日本の大学では情報系の学部は少なく、理系の学部の中に存在する事もまた

  文系学部の中にある事もありますが主流ではありません。

   アメリカでは、SEの人気は高く、なりたい職業の上位に位置していますが

  日本では4K職場として学生から敬遠されています。

   ソフトウェアの製造工程は、建築や工場などモノづくりに似た形になっています

  がプログラムの製作はモノづくりというより著作物の制作に近い側面があります。

   また、上流工程に行くほど、システム構築の対象に対する知識が必要です。

   例えば会計システムであれば会計の、経営管理システムであれば経営の知識

  が必要ですが、エンジニアとしての知識と両立させる必要があります。

   日本において情報系学部の立ち位置が一定しないのも、文理の中での位置づけ

  が難しい事があるのかも知れません。

   一方、アメリカの大学は、日本のように文理の区別がはっきりしておらず情報系

  はコンピュータサイエンスとして確立しており、上流工程に対応した文理が融合

  したカリキュラムを学んでいます。

   この文理の枠は、就職先の企業にもあり、技術者ならば技術者のキャリアプラン

  があり、文系はスペシャリストというよりゼネラリストとして様々な職場を経験

  するジョブローテーションを経て出世していきます。

   一般企業に、情報系の採用やキャリアプランはほとんど存在しないのではない

  でしょうか。

   ここに一般企業で情報システム部門が弱体化し、技術力を維持する事の難しさ

  がありまた学生の側でも仮に情報技術のスキルがあってキャリアアップを目指そう

  とするとIT専業のソフトウェア産業を目指すしかありません。

(5)日本の企業文化の特質と企業体制

   そもそも日本では、学生は職業を選ぶのではなく会社を選びます。

   海外では、単純化しすぎかもしれませんが、例えばSEを目指すなら一旦入社

  して同じ職種の中で、転職を経てスキルアップとキャリアアップを重ねていき

  ます。

   必要とあれば、技術を高めるために、大学や大学院に移り、さらに自分の希望に

  あった会社に入り直します。

   こうして自らの技術を高めていき、会社の方も様々な人材が行き来するため

  仕組みが標準化し、業務プロセスやシステムが標準化していきます。

  日本のようにわが社の仕組み、わが社固有のシステムにこだわる事なく、

  パッケージが選択でき、この事が業務プロセスもシステムも磨かれてゆくのでは

  ないでしょうか。

   終身雇用制度の良い面ももちろんありますが、会社固有の文化を作り、他社との

  交流が狭くなり視野が狭くなるという欠点がでてしまったように思えます。

   実は、情報システムだけでなく、営業や会計そして経営さえも、自前の論理から

  抜け出せず、複数の会社を経験し磨かれた本当のプロフェッショナルは育ちにくい

  のではないでしょうか。

   諸外国では、早くにとりいれ経営に革新をもたらしたITが日本の経営者から

  軽視あるいは真の理解に至らないのは経営技術の未熟さを物語っているのでは

  ないでしょうか。

   営業活動にデータを取り入れる事は、今に始まった事ではなく30年も前から

  叫ばれていますが、3K(勘と経験と度胸)の壁に阻まれてきました。

   古いものが新たな優れたものと入れ替わる新陳代謝が進まず、温存される保守的

  な組織、体制、文化がITだけでなく日本の停滞を作っているのかもしれません。

(6)IT化支援の施策、政策

     日本では産業の振興のため政府が関与する印象が強い。

   過去にも半導体産業を立ち上げるために、多くの有力な企業と政府が一体と

  なって基盤を作りのちに日本の成長の原動力になった歴史がある。

   ただこういった政府の積極的関与は過去の話で、少なくともソフトウェア産業

  については同様な印象は感じない。

   想像する事しかできないが、時代の違いがあるのかもしれない。

   これから新しく産業を立ち上げる時と異なり、すでに出来上がった体制の中

  既存の企業体制を守る側に政府があるとしたら大きな変革は期待できないだろう。

  日米半導体摩擦後のアメリカの政策もあるかもしれない。

  日本に限らず、既存の大企業体制が障壁となり新たな変革を妨げる事はどの国にも

  起こりうる事だとは思われる。

   既存の体制を崩すには大きな抵抗があり、また痛みも伴う。

   過去、革命や戦争による体制の変革が、新しい産業が勃興する契機になった事は

  多かった。

   ただアメリカでは、その協力な独占禁止政策が自らの力で、産業の新陳代謝

  促進してきた側面があると思う。

   GEなどの電機産業はすでに力を失い、コンピュータの分野で言えばIBMが

  絶大な勢力を誇ったが、ただハードウェアが中心で世界のコンピュータの標準で

  あったこの企業も、ソフトウェアの企業であるマイクロソフトにその地位を譲り、

  さらにネット上のサービスであるグーグル、アマゾン、フェイスブックが時代の

  中心となり、これにアップルを加えたGAFAの時代と呼ばれている。

   この変化に、アメリカの独禁政策は大きく関与しており、常に既存の勢力が

  固定化する事を、防ぎ新たな産業を立ち上げてきた面も大きい。

   日本では、現在、政府のソフトウェア産業、IT活用に対する施策は弱く抜本的

  な改革には遠いと言わざるを得ない。

   経産省が、2025年の崖として、警告を発するがむなしく感じられる。

   最近になって、デジタル庁の新設など、IT化をデジタル化と言葉を変え、遅れ

  を取り戻すとしているが、日本全体の変革のビジョンと言えるまではいかず、行政

  サービスの改善にとどまる可能性がある。

   問題を矮小化せず、正確に理解した上で、国民的な議論を経て、抜本的な変革の

  ビジョンを打ち立てる時ではないだろうか。